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平成・・・

平成時代も30年で幕を閉じます。

 

家(自宅)は平成地区(へなり)のある地区だったことも

あり、この「平成」については何かの因縁を感じております。

 

巷では「平成ありがとう」などと最後のセレモニー?イベント?で

盛り上げようと躍起になっていますが、正直「ありがとう」の実感は

ありません。(あくまで個人的な感想です)

 

平成が終わるということになってテレビでは当時の賑やかな様子を

放送する機会が増えていますが、あの「平成フィーバー」は本当に一瞬の

出来事であり、経済、産業を上手く便乗させることは全くありませんでした。

 

唯一、道の駅が出来たことぐらいでしょうか。

 

また平成時代半ばにこの武儀町は合併により「関市」となり

「武儀」の名前は無くなってしまいます。

この合併では住民投票などの審議もなく行政サイドにて決定

されてしまいました。負債を受けてもらえるために諸手を挙げて

「吸収合併」されたのです。

 

喜んだのは町の職員ぐらいではなかったでしょうか。

 

平成で盛り上がった時には「地球で一番素敵な田舎町」という

スローガンで看板が掲げてあったのが、「市」になりました。

全国にはうちらと同じように、どう見ても「ど田舎」なのに「市」であるところが多いと見受けられます。

他の地区はどうか分かりませんが、吸収合併されて町民いえ市民は環境が果たして「良くなった」のか

「悪くなったのか」、恐らく「良くなりました」という地区は少ないのではと推測します。

 

役場は「支所」となり、

職員は知らない人が増え、

窓口での応対はただ事務的。

融通が効かない。

不正を許せとかそういう意味ではなく、

「マニュアル」どおりにしか対応できない、という意味です。

要望等は全て聞くだけで全て本庁(市)にお伺いを立てないと

返事も来ない、という状況。

 

そして役場(支所)には本当に用事(住民票など取得)がない限り

誰も寄りつかなくなり、駐車場はいつもガラガラ。

 

体育館等の施設は無料から有料に。

 

税金も市民税となり、

 

町での行事、催事も数年の猶予で開催はだんだん無くなり、

若者はどんどん市街地へ流れていきます。

 

「地域振興の何とか員」というのを派遣、設置したため市としては

地域振興についての責任は免責となり、更に行政に頼らず地元住民が

立ち上がらないと、という正論だか何だか分からない倫理で問題を

地域に丸投げしているのがそこかしこの地域で繰り広げられています。

 

その「何とか員」さんには毎月ちゃんと給料(税金から)が振り込まれるので

観光気分で行事に参加したりインスタあげたりSNSで発信するだけでも

充分「仕事」をしたことになります。

中には本当に一生懸命に活動されている人や契約終了後にそのまま住みついて

頑張っている方もいるかと思います。そういう方が来た地区は羨ましい、としか

言えません。

 

話は戻りますが、平成になり市になり、良くなったことと言えば

バスの賃金が安くなったことぐらいでしょうか。

これは元々の市が巡回バスなど低賃金で乗れる路線があることで

これを旧郡部に適用させた(しないと反感を買う)のだと思われます。

 

よって、「平成ありがとう」の実感は自分にはありません。

どうしてこのような文章を書いたのかというと、昨日の

オウム真理教「死刑執行」の報道を見て、この事件での被害者方は

平成の始めの事件により平成が始まり、被告人の死刑執行によって

平成時代を終える、ということが分かったからです。

被害者の方々にとって「平成時代」とはとても「良い」とは言えない

苦しい時代になってしまうのだなと思ったからです。

 

自分はそれとは比べ物にならないくらいちっぽけな内容でしたが

平成時代とは、そんな「うきうき」した時代ではなかった、という

ことです。

 

 

 

author:てっぱ, category:-, 09:59
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